たまに人からプレゼントをいただくことがある。
きっと相手は、「これはいいものだから」「自分だったらもらったらうれしいから」と思って選んでくださったのだと思う。その気持ちはとてもありがたい。
でも…。
もしかしたら、自分も同じことをしているのかもしれないなあと。
特に難しいのが、高価な贈り物だ。
高級なお菓子をいただいても、口に合わないことがある。だからといって捨てるのはもったいない。せっかくいただいたものだから、なんとか食べようと思っているうちに時間が過ぎて、結局、賞味期限が切れて処分することになってしまう。
便利グッズも同じだ。
「これはすごく便利だから」と勧められても、自分の生活にはしっくりこないことがある。もともと家の中の物を増やしたくないと思っているのに、新品のまま置きっぱなしになってしまう。
だからといって、すぐに捨てるのも気が引ける。
メルカリに出すという方法もあるのだろうけれど、手間を考えると、なかなかそこまでの気力がわかない。
宝石やアクセサリーも難しい。
高価なものほど「もったいない」という気持ちが強くなるけれど、好みではないものは結局身につけない。いつか使うかもしれないと思って保管していても、その「いつか」は意外とやって来ない。
洋服や靴も同じで、「そのうち着るかも」と思いながら、何年も出番がないままクローゼットの奥にしまわれていることがある。
もちろん、プレゼントそのものが嫌なわけではない。
むしろ、相手が時間をかけて選んでくれたことや、「喜んでほしい」と思ってくれた気持ちはうれしい。
ただ、「相手が喜ぶもの」と「自分がうれしいもの」は、必ずしも一致しないのだと年齢を重ねるほど感じるようになった。
だから最近は、物よりも、一緒に食事をした時間だったり、旅行先のお土産話だったり、「元気にしてる?」という一言だったり、そんな形のない贈り物のほうが心に残る気がしている。
プレゼントは、物そのものよりも「相手を思う気持ち」が本当の贈り物なのかもしれない。
そして、その気持ちがあるからこそ、贈る側も「自分が好きなもの」ではなく、「相手が本当に喜ぶものは何だろう」と考えることの大切さを、改めて感じている。



