nfufの記録

ご覧いただきありがとうございます。投資や介護、車中泊など旅をメインに、あと日々思いついた事を気ままに書いています♪ 正しいより、楽しいことをする、楽しい人でありたいなぁ( ´艸`)。投資信託の基準価格推定値は tousisintaku’s diary (https://tousisintaku.hatenadiary.jp/)に載せています、よかったらご覧下さい。

何もしない善人より、人助けする偽善者

 


「それって偽善」

誰かを助けた人に対して、そんな言葉が向けられる場面がよくある
動いた人の気持ちよりも、「裏があるんじゃないか」「自己満足だろう」と、行動を疑う声のほうが目立つこともある。

でも、思う。

偽善としても、誰かは助かっている。
一方で、何もしない善人は、誰の人生にも触れないまま。

善人でいても、何もしないときっと楽だ。
正しいことを知っていても、口を出さず、手も出さず、傷つかない位置に立っている。
間違えないし、批判もされにくい。

でも、それでは、世界はほとんど動かない。

 

人助けをする理由が、感謝されたいから。いい人だと思われたいから。自分の心が少し楽になるから。

そんな理由だったとしても、それはそんなに悪くないと思う。

 

人は完璧な動機なんて持てない。純粋100%の善意なんて、ほとんど存在しないと思う。
それでも、行動した結果、救われる人がいるなら、それはもう意味のあることだと思う。

 

偽善者は、時に不器用。
見返りを期待してしまったり、空回りしたり、失敗することもある。
それでも、手を伸ばす。

善人で、正しいことを知っても動かない時。

どちらが、人の人生を少しだけでも良い方向に動かすだろう。

この世界は、完璧な善人より、不完全でも動く人によって、少しずつ支えられている。

 

何もしない善人より、人助けする偽善者のほうが、ずっと人間らしい。

不純でも、格好悪くても、誰かの役に立つ行動はそれだけで価値がある。

今日、ほんの小さな偽善をひとつ。それが、誰かの何かを救うかもしれない。